「ポーリング,L. C.(1901~94)」(アメリカの物理化学者)

■化学賞(1954年 受賞)

【経歴】

1901年2月28日オレゴン州ポートランドに生まれる。22年オレゴン州立農科大学化学工学卒業。25年カリフォルニア工科大学で博士号取得。その後27年まで渡欧先の各大学で学ぶ。帰国後カリフォルニア工科大学の理論化学助教授。31年同大学教授。37年ゲーツ・アンド・クレリン(Gates and Crellin)化学研究所所長。54年ノーベル化学賞受賞。60年代には民主主義共同研究センター物理学科と生物学科の研究教授、ライナス・ポーリング科学医学研究所初代所長。62年ノーベル平和賞受賞。94年8月19日死去(享年93歳)。

【受賞理由となった業績や活動】

★〔受賞理由〕

「量子力学の化学への応用」により、1954年ノーベル化学賞受賞。

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★〔その業績や活動〕

「ライナス・ポーリング博士」と聞くと、日本では真っ先に「ビタミンCの大量摂取による健康法」か、あるいは「核実験反対の平和運動推進者」といったイメージを思い浮かべる人が多いのではなかろうか。

彼は1954年の化学賞と62年の平和賞と、2度もノーベル賞を受賞していること、また日本へは3度も来日していることから、ライナス・ポーリングの名は、日本でもよく知られているのだ。

その彼の成し遂げた化学的な研究業績もやはり多岐にわたる。とくに化学物質の構造的な理解を深め、無機化合物や種々の結晶の構造をはじめ、原子やイオンの化学的・物理的性質にまで踏み込み、化学結合に関する新しい理論を構築した。それらの理論は『化学結合論』という論文にも纏められた。

有機化学の分野でも、「混成」や「共鳴」という重要な概念を打ち立てたりもした。これらは、量子力学の化学への応用でもあった。

彼は1930年代の中葉には、ヘモグロビンの構造的な研究にも着手し、こうした複雑なタンパク質の構造も化学結合の理論によって説明できることを証明した。

さらには、生体内で起こる「抗原抗体反応」の形成についても、それを分子の構造的観点からうまく説明することを可能にしたのだった。これらの業績により、1954年ノーベル化学賞が贈られたのである。

★〔一流の化学者は、世界平和運動の重要な触媒ともなる?〕

1954年(奇しくもポーリングのノーベル賞受賞の年)に「第五福竜丸の死の灰事件」が起こったことを契機に、核実験停止運動や平和運動を精力的に行うようになったポーリングは、ついには「核実験停止国際協定締結」を求める科学者1万人署名運動を起こすまでになる。

そして1958年、核実験反対の科学者1万人以上の署名は、実際に国連に提出されたのである。その後、米英ソ3国間の「部分的核実験停止条約」(1963年)が結ばれることに決まった。そして1962年、ポーリングはノーベル平和賞を受賞したのだ。

★〔「これだけは!」○×クイズ〕

次の設問に、「○か×か」で答えよ。

1.「ライナス・ポーリングは、『ビタミンCの大量摂取による健康法』や『核実験反対平和運動』などでも名高い」

2.「1954年のノーベル化学賞は、『量子力学の遺伝子工学への応用』に対して贈られたものである」

3.「ポーリングは、『抗原抗体反応』の形成についても、それを分子の構造的観点からうまく説明することを可能にした」

4.「『核実験停止国際協定締結』を求める科学者1万人署名運動を起こしたポーリングは、こんどは1962年にノーベル平和賞を受賞した」

答え:1.「○」、2.「×」、3.「○」、4.「○」

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