「カントロヴィッチ, L. V.(1912~86)」(旧ソ連の経済学者)

経済学賞(1975年 受賞)

【経歴】

1912年1月19日旧ソ連のペテルブルグ(現サンクトペテルブルグ)に生まれる。30年レニングラード大学卒業。34年同大学教授。35年博士号取得。45年ソ連邦科学アカデミー数学研究所レニングラード支部研究員。49年ソ連邦国家賞受賞。60年ソ連邦科学アカデミー・シベリア支部数学研究所数理経済研究部長。65年レーニン賞受賞。71年ソ連邦科学技術国家委員会付属国民経済管理研究所に移籍。75年ノーベル経済学賞受賞。86年4月7日死去(享年74歳)。

【受賞理由となった業績や活動】

★〔受賞理由〕

資源の適正配分に関する一連の研究に対し、1975年ノーベル経済学賞受賞。

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★〔その業績や活動〕

旧ソ連の経済学者レオニード・カントロヴィッチは、「線型計画法」の創案者として知られている。

「線型計画法」とは、有限資源の効率的配分のための計画法のこと。つまり、有限資源を効率的に配分していくに当たっての、基礎的理論になるものである。

カントロヴィッチは、もともと集合論など、数学の分野で業績をあげていた人物だった。

その得意の数学分野を、実際の経済の中でシステム化するなど、旧ソ連時代の経済政策において、目覚しい活躍ぶりを発揮していったのである。

まずは1939年、線型計画法の先駆的業績ともいえる「生産の組織化と計画化の数学的方法」を発表。複数の計画案の中から、目的に応じた最適な計画案が選択される最適計画を定式化した。

40年以降は、ソ連邦科学アカデミー数学研究所において、数学的手法をもちいた経済学に関する研究に専念。
49年には、ソ連邦国家賞を受賞している(49年発表の「関数解析と応用数学」で)。

数学的手法を経済学へ適用させる方法については、「社会主義経済と資源配分」などにまとめられ、59年に出版。

カントロヴィッチは、線型計画法をさらに発展させ、これを経済分析の有効な手段として、国民経済全体への適用を試みたりもした。

その後、ソ連邦科学アカデミー・シベリア支部数学研究所の数理経済研究部長に就任(60年)。共同研究者のクープマンスとともに、資源配分問題を展開していった。

そうして1975年、資源の適正配分に関する一連の研究、またその理論を発展させた業績などから、クープマンスとともにノーベル経済学賞を共同受賞したのである。

★〔「ロシア科学アカデミー・シベリア支部」に集結した頭脳〕

カントロヴィッチが1960年に就任した「ソ連邦科学アカデミー・シベリア支部」。

ソ連が消滅した現在では、もちろんのこと、「ロシア科学アカデミー・シベリア支部(経済・工業生産組織研究所)」という名称になっている。

ここは、シベリアの開発において主導的な役割を果たしていた研究所で、研究員たちはそうした地域経済の開発計画に携わっていた。

学園都市でもあったノボシビルスクを本拠地としたため、ここに集まる卓越した頭脳陣のことは「ノボシビルスク学派」とも呼ばれた。世界的に有名な研究者を何人も輩出してきたのだ。

そして、カントロヴィッチは、このノボシビルスク学派の形成にも、大きな影響力をもつほどの人物だったのである。

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