武力と権力を背景にした軍事政権 VS 暴力を否定した女性戦士

1988年、国軍は全権を掌握した「国家法秩序回復評議会」(SLORC)、つまり「軍事政権」を成立させ、89年2月になると、「翌年5月に、総選挙を実施する」と発表した。

一方、民衆側はアウン・サン・スー・チーを書記長とした、「国民民主連盟」(NLD)を結成しており、国軍が発表した「翌年の総選挙」に彼女も出馬することになった。

ところが、「国家法秩序回復評議会」(SLORC)の不法な権力によって、彼女は選挙資格を略奪され、しかも自宅に軟禁されてしまったのだ。彼女の自由を奪い取ることで、民主化運動の影響力が民衆に及ばないようにするためである。

それでも、翌年(90年)に実施された総選挙の結果は、「国民民主連盟」(NDL)の圧勝であった。それにもかかわらず、「国家法秩序回復評議会」(SLORC)は政権委譲を拒否。彼女も軟禁されたままであった。

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これは明らかに不法な権力であった。しかし彼女は、どんな困難な状況に置かれようと、人間の尊厳を守るためにも、こうした不法な権力に立ち向かう必要があると感じた。

そして、あのガンジーのように、「非暴力闘争」を掲げ、またその勇気ある言動で、多くの民衆に影響を与え続けたのであった。

さらに、彼女のこれまでの論文や演説内容がまとめられた本が、夫アリスによって91年にロンドンから出版され、これによって国際世論からも大きな支持を得ることができたのだ。

軟禁されていても勇敢な彼女に対して、1991年ノーベル平和賞が贈られることになった。その授賞式には、軟禁状態の妻のかわりに、夫アリスと2人の息子が出席したのだった。

そのとき、彼女を軟禁状態に置いていた軍は、「彼女のノーベル平和賞受賞など知るものか!」と、(おそらく、こんな感じで)完全に無視しつづけていた。

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