「キング, M. L.(1929~68)」(アメリカの牧師)

平和賞(1964年 受賞)

【経歴】

1929年1月15日アメリカ・ジョージア州アトランタに生まれる。48年モアハウス大学(黒人の名門大学)を卒業。55年ボストン大学で神学博士号取得、牧師。56年黒人の差別待遇(白人優先のバス)に対してバス・ボイコットを指導。63年バーミンガムで差別撤廃の大規模なデモを主導。同年8月ワシントンで開かれた大集会で、有名な「I have a dream(私には夢がある)演説」を行う。64年ノーベル平和賞受賞。67年10月バーミンガムで拘置刑を受ける。68年4月4日テネシー州メンフィスで凶弾に倒れる(享年39歳)。

【受賞理由となった業績や活動】

★〔受賞理由〕

アメリカにおける人種差別撤廃や黒人の公民権実現に向けた活動を、非暴力抵抗によって展開してきた功績により、1964年ノーベル平和賞を受賞。

スポンサーリンク

★〔その業績や活動〕

アメリカで、かつて「非暴力抵抗」の精神を掲げ、大衆に「非暴力であることの強さ」を教え導いた一人の牧師がいた。

それが、1964年のノーベル平和賞に輝いた、あのマーティン・ルーサー・キング牧師である。バプティスト派の牧師でありながら、人種差別撤廃運動や黒人公民権運動の指導者としても、彼は力強く、アメリカ全土にそうした運動を進めていったのだ。

1956年、黒人の主婦が、バス内の座席が白人優先であることに抗議して逮捕されたとき、市民は1年間にわたりバスのボイコットを決行したが、そのときの指導者も彼であった。

しかし、当時のアメリカ社会で、非暴力抵抗とはいえ、人種差別撤廃を訴えることは、命がけのことだった。妨害や圧力、また暴力なども数え切れないくらい、あったことだろう。

それでも、彼はあくまで「非暴力抵抗」の精神を貫き通しながら、人種差別撤廃や公民権の実現に向けた努力を重ねていったのだ。

そして1964年7月に、ようやく彼の運動の努力は実り、公民権法が設定される運びとなった。彼が主張し続けた「非暴力の抵抗」によって、アメリカにおける黒人の権利を勝ち取ったのだ。これにより、白人と同等の権利が与えられることになったのである。

この公民権法が成立したのと同じ年、キング牧師の功績が認められ、彼にノーベル平和賞が贈られることになった。

そこに至るまで、実に数十回におよぶ逮捕歴をもちながら、あくまで非暴力の原則を堅持しつつ、人種平等、黒人解放運動を進めてきたが、それがようやく報われた瞬間だった。だが、それを快く思わない連中もいた。彼はその後、暗殺者の標的にされてしまうのだ。

1968年4月、黒人清掃労働者の争議を支援するため、テネシー州メンフィスに赴いていたとき、それは起こった。暗殺者は、ついに目的を果たしたのだった。

「非暴力の抵抗」について、長年にわたり説いてきた彼が、「一発の安易で瞬間的な暴力」によって、二度と帰らぬ人となってしまったのである。そのとき、彼はまだ39歳だった。

★〔「これだけは!」クイズ〕

1.「マーティン・ルーサー・キングの職業は?」

2.「マーティン・ルーサー・キングは、何の撤廃運動をしていたのか?」

3.「マーティン・ルーサー・キングは、1963年にワシントンの大集会で、有名な演説をおこなった。これは何という演説であったか?」

答え:1.「バプティスト派の牧師」、2.「人種差別撤廃の運動」、3.「I have a dream(私には夢がある)演説」

こんな記事も読まれています:


スポンサードリンク