「利根川 進(1939~)」(1987年 生理学・医学賞)

1939年愛知県生まれ。59年京都大学理学部入学。63年京大ウイルス研究所、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)生物学科留学、理学博士号取得後、カリフォルニア大学、69年ソーク研究所(アメリカ)、71年バーゼル免疫学研究所(スイス)を経て、81年マサチューセッツ工科大学生物学教授に就任。87年ノーベル生理学・医学賞受賞。

【受賞理由となった業績や活動】

(日本人初のノーベル生理学・医学賞)

1987年、日本人としては初のノーベル生理学・医学賞を受賞したのは、利根川進(マサチューセッツ工科大学教授)。

受賞理由は「多様な抗体を生成する遺伝的原理の解明」だった。 続きを読む 「利根川 進(1939~)」(1987年 生理学・医学賞)

「福井 謙一(1918~98)」(1981年 化学賞)

1918年10月4日奈良県生まれ。41年京都帝大工学部卒業。51年同学部教授。62年日本学士院賞。71年学部長。81年米科学アカデミー会員、文化勲章、ノーベル化学賞受賞。82年京都工芸繊維大学長。88年基礎化学研究所所長。98年1月9日死去(享年79歳)。

【受賞理由となった業績や活動】

(日本人初の「ノーベル化学賞」を受賞)

1981年、ひさびさに日本人にノーベル賞受賞者が現れた。しかも、初の「ノーベル化学賞」での受賞だ。受賞者は、福井謙一その人である。

ちなみに、彼は「もっとも化学者らしくない化学者」、そう形容されることもあった。 続きを読む 「福井 謙一(1918~98)」(1981年 化学賞)

「佐藤 栄作(1901~75)」(1974年 平和賞)

1901年山口県生まれ。東京帝大法学部卒業。鉄道省入省、運輸次官。48年吉田内閣官房長官。49年衆院議員に初当選、自由党幹事長。55年無所属(自民党結成に不参加)。58年岸内閣蔵相。61年池田内閣通産相。64年首相。74年ノーベル平和賞受賞。75年没。

【受賞理由となった業績や活動】

(佐藤栄作のノーベル平和賞受賞に至る背景は?)

1974年12月10日、ノルウェーの首都オスロで、佐藤栄作にノーベル平和賞が贈られた。受賞の理由として、「平和裏に沖縄返還を実現した功績」が挙げられたが、とくに、その沖縄返還の基盤となった「核兵器を造らず、持たず、持ち込ませず」という非核三原則の意義が強調されたという。 続きを読む 「佐藤 栄作(1901~75)」(1974年 平和賞)

「江崎 玲於奈(1925~)」(1973年 物理学賞)

1925年大阪府生まれ。東京帝大理学部卒業。神戸工業、東京通信工業(現ソニー)などに勤務。60年に渡米、IBMワトソン研究所の主任研究員を務める。73年ノーベル物理学賞受賞。74年文化勲章受章。92年筑波大学学長。2000年芝浦工業大学長。

【受賞理由となった業績や活動】

(半導体内におけるトンネル現象とは?)

1957年の夏のこと、とある研究室で・・・「トンネルだ!」

研究室で電流計をのぞき込んでいた江崎は思わず、そう声をあげたという。

そして、それは、その後世界的に有名になる「エサキ・ダイオード」(トンネル・ダイオード)が誕生するキッカケとなった瞬間でもあった。 続きを読む 「江崎 玲於奈(1925~)」(1973年 物理学賞)

「川端 康成(1899~1972)」(1968年 文学賞)

1899年大阪府生まれ。東京帝大国文科卒業。1921年(帝大在学中)発表の『招魂祭一景』が認められる。52年芸術院賞。61年文化勲章。68年ノーベル文学賞受賞。72年没(4月16日ガス自殺)。

代表作: 『伊豆の踊子』『雪国』『山の音』『千羽鶴』他。

【受賞理由となった業績や活動】

(1968年、日本人初のノーベル文学賞受賞)

1968年10月17日、川端康成は日本人初のノーベル文学賞を受賞した。

アジアでは2人目のノーベル文学賞受賞となった。1人目は、1913年受賞のインドの詩人・タゴール。それから、実に55年目となる、アジアでの文学賞受賞だったのだ。 続きを読む 「川端 康成(1899~1972)」(1968年 文学賞)

運営SHOP:各種お祝い