「スタンリー,W. M.(1904~71)」(アメリカの生化学者)

■化学賞(1946年 受賞)

【経歴】

1904年8月16日インディアナ州リッジヴィルに生まれる。20年インディアナ州リッチモンドのアーラム・カレッジ入学。29年イリノイ大学で博士号取得、同大学で研究助手と講師。31年ニューヨークのロックフェラー研究所入所。32年ニュージャージー州プリンストンの植物病理学研究所に移る。46年ノーベル化学賞受賞。48年カリフォルニア大学生化学教授。71年6月15日スペインのサラマンカで死去(享年66歳)。

【受賞理由となった業績や活動】

★〔受賞理由〕

「ウイルスと酵素の結晶化の研究」により、1946年ノーベル化学賞受賞。 続きを読む 「スタンリー,W. M.(1904~71)」(アメリカの生化学者)

「ジョリオ・キュリー,J. F.(1900~58)」(フランスの物理学者)

■化学賞(1935年 受賞)

【経歴】

1900年3月19日パリに生まれる。23年パリの物理化学学校卒業。25年ラジウム研究所でキュリー夫人の助手を務める。26年イレーヌ・キュリー(キュリー夫妻の長女)と結婚。その後ジョリオ・キュリーと名乗る。30年博士号取得。35年妻イレーヌと共にノーベル化学賞受賞。37年コレージュ・ド・フランスの核化学教授。44年パリの国立科学研究センター原子合成研究所所長。56年ラジウム研究所キュリー研究室室長。58年8月14日パリで死去(享年58歳)。

【受賞理由となった業績や活動】

★〔受賞理由〕

「人工放射能の研究」により、妻イレーヌと共に1935年ノーベル化学賞受賞。 続きを読む 「ジョリオ・キュリー,J. F.(1900~58)」(フランスの物理学者)

「キュリー,M.(1867~1934)」(フランスの科学者)

■化学賞(1911年 受賞)

【経歴】

1867年11月7日ポーランドのワルシャワに生まれる。91年パリに赴きソルボンヌで物理学の勉強を始める。93年物理学修士試験に1番で合格。94年数学修士試験に2番で合格。同年ピエール・キュリーと知り合い95年7月結婚。1900年セーヴルの女子師範学校物理学教授。03年放射能の研究によりノーベル物理学賞受賞。06年パリ大学理学部物理学講師。08年同大学教授。11年ノーベル化学賞受賞。34年7月4日、悪性貧血症により死去(享年67歳)。

【受賞理由となった業績や活動】

★〔受賞理由〕

「ポロニウムとラジウムの発見(金属ラジウムの分離)」などにより、1911年ノーベル化学賞を受賞。 続きを読む 「キュリー,M.(1867~1934)」(フランスの科学者)

「ラザフォード,E.L.N.(1871~1937)」(イギリスの物理化学者)

■化学賞(1908年 受賞)

【経歴】

1871年8月30日ニュージーランドのネルソン近郊のスプリンググローブに生まれる。92年クライストチャーチのカンタベリー・カレッジにて理学士取得。93年同カレッジにて数学と物理学の分野で修士号取得。その後イギリスに渡り、98年ケンブリッジ大学卒業。1907年マンチェスター大学教授。19年キャベンディッシュ研究所所長。23年イギリス科学振興協会会長。25年王立協会会長。37年10月19日ケンブリッジにて死去(享年66歳)。

【受賞理由となった業績や活動】

★〔受賞理由〕

「元素の放射能崩壊理論の形成、α粒子の本性の解明、原子核の発見」などにより、1908年ノーベル化学賞を受賞。 続きを読む 「ラザフォード,E.L.N.(1871~1937)」(イギリスの物理化学者)