「ノーベル平和賞」カテゴリーアーカイブ

ノーベル平和賞受賞者

「ダライ, L.(1935~)」(中国の政治家・宗教指導家)

平和賞(1989年 受賞)

【経歴】

1935年7月6日チベット東北部タクツェル村の農家に生まれる。39年先代ダライ・ラマ13世の転生者と認められ、4才で14世ダライ・ラマに即位。15才で祭政の最高位に就く。その後チベットの中立を守り、中国と対立。51年平和解放のチベット協定を結ぶ。53年中国仏教協会名誉会長、59年3月住民10万人とともに、ヒマラヤを越えインドへ亡命、亡命政府を樹立。79年チベット解放運動を指導。89年ノーベル平和賞受賞。

【受賞理由となった業績や活動】

★〔受賞理由〕

無抵抗平和主義の独立運動をチベット全住民に呼びかけ、チベットの解放運動を指導、少数民族としての権利獲得を訴えてきたことで、89年ノーベル平和賞受賞。 続きを読む 「ダライ, L.(1935~)」(中国の政治家・宗教指導家)

「ベギン, M.(1913~92)」(イスラエルの政治家)

平和賞(1978年 受賞)

【経歴】

1913年8月16日当時ポーランド領であったブレストに生まれる。ワルシャワ大学卒業後、ベタル(シオニズム組織)のポーランド支部長として活動。40年ソ連治安当局からイギリスのスパイ容疑で逮捕されシベリアに送られる。43年「イルグン・ツヴァイ・レウミ」を再編成し3代目司令官となる。48年イスラエル独立後は組織を解散、「ヘルート」(自由党)を創立し党首となる。49年国会議員。73年右翼連合リクードを結成、党首となる。77年5月首相に就任。78年エジプトと和平交渉を達成、これでノーベル平和賞受賞。79年エジプトとの平和条約に調印。81年首相に再選。83年辞意表明、以後執筆活動に専念。92年3月9日死去(享年79歳)。

【受賞理由となった業績や活動】

★〔受賞理由〕

エジプトと初めて和平交渉を開始したことで、その後の中東の緊張緩和に寄与した功績により、エジプトのサダト大統領とともに、1978年ノーベル平和賞を受賞。 続きを読む 「ベギン, M.(1913~92)」(イスラエルの政治家)

「キッシンジャー, H. A.(1923~)」(アメリカの政治家・政治学者)

平和賞(1973年 受賞)

【経歴】

1923年5月27日南ドイツのフェルツに生まれる。ユダヤ系のためナチスの迫害を逃れて38年両親と渡米。43年アメリカに帰化、その後ハーバード大学で政治学を専攻。54年博士号を取得後、同大学講師、助教授を経て、62年教授兼国防問題研究室長。69年国家安全保障担当の特別国務補佐官に就任。72年2月ニクソン大統領訪中を実現させる。73年ベトナム和平協定実現、第四次中東戦争収拾にも尽力。同年9月国務長官に就任。ベトナム和平の功績により、レ・ドク・ドとともに73年ノーベル平和賞受賞。

【受賞理由となった業績や活動】

★〔受賞理由〕

米中国交回復や4年越しのベトナム和平交渉の成功など、外交・国防問題に主要な役割を果たした功績により、1973年ノーベル平和賞受賞。 続きを読む 「キッシンジャー, H. A.(1923~)」(アメリカの政治家・政治学者)

「キング, M. L.(1929~68)」(アメリカの牧師)

平和賞(1964年 受賞)

【経歴】

1929年1月15日アメリカ・ジョージア州アトランタに生まれる。48年モアハウス大学(黒人の名門大学)を卒業。55年ボストン大学で神学博士号取得、牧師。56年黒人の差別待遇(白人優先のバス)に対してバス・ボイコットを指導。63年バーミンガムで差別撤廃の大規模なデモを主導。同年8月ワシントンで開かれた大集会で、有名な「I have a dream(私には夢がある)演説」を行う。64年ノーベル平和賞受賞。67年10月バーミンガムで拘置刑を受ける。68年4月4日テネシー州メンフィスで凶弾に倒れる(享年39歳)。

【受賞理由となった業績や活動】

★〔受賞理由〕

アメリカにおける人種差別撤廃や黒人の公民権実現に向けた活動を、非暴力抵抗によって展開してきた功績により、1964年ノーベル平和賞を受賞。 続きを読む 「キング, M. L.(1929~68)」(アメリカの牧師)