1959年富山県生まれ。83年東北大学工学部電気工学科卒業、㈱島津製作所(技術研究本部中央研究所)入社。86年同社計測事業本部・第二科学計測事業部・技術部第一技術課。92年同社分析事業本部・第一分析事業部技術部。2002年同社分析計測事業部・ライフサイエンスビジネスユニット・ライフサイエンス研究所。受賞歴: 2002年ノーベル化学賞受賞、その他にも日本質量分析学会奨励賞。
【受賞理由となった業績や活動】
(それまではタンパク質の質量を計るのは至難の業とされていた)
2002年、ノーベル化学賞を受賞した田中耕一(㈱島津製作所)の研究業績を、一言で(一気に)言うと、「生体高分子の質量分析法のための穏和な脱着イオン化法の開発」となる。簡単に言うと「タンパク質の質量分析法の開発」ということである。
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つまり、それまでの技術では限界があった「タンパク質の質量分析法」を飛躍的に発展させたところに、ノーベル賞を受賞するだけの価値があったのだ。
ところで、「タンパク質」といっても、ここで言っているものは、ハムやステーキといった、目に見える大きさのたんぱく質(食品)のことではない。ここでいうタンパク質とは、もっと微細で、細胞の中でつくられるような、さまざまな「生体高分子」のことを言っているのだ。
一方、タンパク質以外の微細な物質では、質量分析法はすでに確立されていた。たとえば半導体や金属の表面など、そうした微細質量(ミクロの物質)を測定するにあたっては、物質にレーザー光をあてて、これをイオン化する「レーザー脱離質量分析法」(Laser Desorption Mass Spectrometry →「LDMS」)という方法がとられていたのである。
ところが、同じ方法でタンパク質の質量を計ろうとしても、そのレーザー光によってタンパク質が壊されてしまうので、質量を測定することは至難の業と考えられていたのだ。
つまり、数多くのアミノ酸から成り立っている複雑なタンパク質は熱にも弱くできているために、高いエネルギーをもつレーザー光によって、バラバラにされてしまうのだ。だから、タンパク質を直接にイオン化すること自体ができなかったのである。
それで、タンパク質を破壊せずにイオン化するためには、いわばレーザー光からタンパク質を護る「補助剤」(マトリックス)を新たに開発することが必要だったというわけだ。
(「ミスが転じてノーベル賞!」まさに失敗は成功のもと)
田中らの研究グループでは、補助剤としてコバルトの粉末を選択し、その濃度や混ぜ方についての試行錯誤を繰り返していたという。
そして、いつものように補助剤の濃度を変えながらタンパク質にレーザー光の照射を試していた、ある日のこと、田中はコバルトの粉末と液体のグリセリンを、誤って混ぜてしまったのだ。
ところが、普通なら「不要なもの」と捨てるところを田中の場合は、そうはしなかった。
「もったいない」という気持ちから、なんとかその再使用ができないものかと考えたというのだ。さらに、その混合液をタンパク質と混ぜたうえで、ふだんの実験でするように、真空中でそれにレーザー光を当ててみたところ、これが思いがけぬことにイオン化したのだった。
「とりあえず、なんとなく」といった感覚でしたことが、功を奏したわけである。
ともかく、この混合液を補助剤として使うことで、タンパク質はレーザー光が当たっても壊れることなくイオン化し、それによって質量も計ることができたのである。
そして、この田中の発見がキッカケとなって、その後は補助剤の改良も格段に進み、こうして高分子のタンパク質を壊さずに、イオン化して行なう「質量分析法」は大きく前進することになったのである。
〔微細なタンパク質の質量分析の仕組み〕
微細なタンパク質の質量分析は現在、以下のように行われている。
まず、質量を知りたいタンパク質にレーザー光を当てて、これをイオン化し、その電気的な力で気相中に飛ばし、それが検出器まで飛ぶ時間(飛行時間)を計ることによって、タンパク質の質量を割り出している。
つまり、気相中を早く飛ぶものは軽く、ゆっくり飛ぶものは重いというように、その速度からタンパク質の質量を計算するわけだ。
そして、この原理が「飛行時間型質量分析法」(Time of Flight Mass Spectrometry →「TOFMS(トフマス)」)と呼ばれる、現在の質量分析法として応用されているのである。
と、このように言うと、至極簡単なことのようにも聞こえるが、少し前(1980年代半ば)までは、前述のようにタンパク質をイオン化すること自体、不可能であるとも考えられていた。
それを可能にする補助剤を開発し、タンパク質の質量分析を大きく飛躍させたところに、田中耕一のノーベル賞受賞理由があるというわけだ。
「クイズこれだけは!」
次の設問に、「○か×か」で答えよ。
1.田中耕一は、「タンパク質の質量分析法」を飛躍的に発展させるキッカケをつくった。
2.ある日、田中はコバルトの粉末と液体のグリセリンを誤って混ぜてしまった。
3.「補助剤」(マトリックス)には、レーザー光からタンパク質を護る役割がある。
答え:1.○、2.○、3.○
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