「野依 良治(1938~)」(2001年 化学賞)

1938年兵庫県生まれ。61年京都大学工学部卒業。67年工学博士号取得。68年名古屋大学理学部助教授。72年同大学教授。96年同大学大学院教授。2000年名古屋大学物質科学国際研究センター長、文化勲章受章。01年ノーベル化学賞受賞。他にもウォルフ賞(イスラエル)、ロジャー・アダムス賞(米国化学会)など受賞歴多数。

【受賞理由となった業績や活動】

(長年の苦労が報われて、大きな喜びとなる瞬間)

「Greatest honor in my life !」(人生最大の光栄です。喜んでお受けします)

2001年10月10日の午後7時ちょっと前。仕事場に掛かってきた電話を受け取り、先方の話を聞いた後、こう答えたのは、野依良治(名古屋大教授)だった。

それは、本当にこれまでの苦労が全て報われたと感じられる、そんな瞬間だっただろう。

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それはスウェーデンからの国際電話で、ストックホルムのスウェーデン王立科学アカデミーからのものだった。野依教授のそれまでの研究業績が認められて、その年のノーベル化学賞の受賞者に決まったことを知らせる電話だったのである。

受賞理由はと言うと、「有機化合物の光学異性体を選択的に合成する手法の開発」ということになる。簡単に言うと、「光学異性体」という、これまでは人工的な合成が極めて困難だった化学物質を、意図するとおりに合成できるようにしたのであった。

ノーベル賞発表直後に名古屋大学本部で開かれた会見でも、「科学者にとって最大の栄誉。同じ分野でやってきた国内外の仲間に感謝したい」と、実に率直な気持ちを表していた。

(満100歳を迎えたノーベル賞の記念すべき年に影を落とすもの)

野依良治(名古屋大教授)は、記念すべき「21世紀最初のノーベル賞受賞者」となった。

しかも、2001年のノーベル賞そのものが、満100歳を迎えた、記念的なものだった。

ただ、それはあの忌わしい同時多発テロ(9.11)の後ということもあって、それほど盛大な祝賀的なものには至らなかったようである。自粛ムードは世界を包んでいたのだ。

うれしい時、素直に「喜び」を表現したい時、皆で祝杯をあげるべき時に、そうした喜びが抑えられてしまう時ほど、不幸な気持ちにさせられることもない。

とくに、同時多発テロで多くの人を死傷させる目的で利用されたものは、すべてハイテクと呼ばれていたもの。それらは本来、人の幸福追求の結果生み出されてきたものだった。

ノーベル賞は、人類の平和や幸福に貢献した研究や活動に与えられているが、それもダイナマイトを発明したアルフレッド・ノーベルの自責の念がキッカケになったとも言われている。いずれにせよ、これからだって、ノーベル賞級の科学的成果が、戦争やテロに使われないとは言い切れないのである。

(「右」か「左」か、そのどちらかを選んで作る方法)

「光学異性体」というのは、別名を「鏡像異性体」ともいう。なぜなら、この分子(有機化合物)は鏡に映った像のように、左右が対称形となる2種類の姿をもっているからである。

そして便宜上、この「鏡像異性体」の中の水素が、左右のどちらに付いているかで、「右手」型と「左手」型とに呼び分けているのである。

実は、こうした鏡像関係になる異性体は、アミノ酸をはじめ、多くの有機化合物に見られるのだが、不思議なことにその割合は自然界の中では偏っていることが分かっている。

たとえば、昆布などの旨味の本体であるグルタミン酸は、自然界では「左手」型のみが存在し、たとえ人工的に「右手」型のものを作っても、それには旨味が感じられない。

このように、素材は同じであるのに、「右手」型か「左手」型かの違いによって、薬効があったり無かったり、あるいは「右手」型には薬効があるにもかかわらず、「左手」型ともなると逆にひどい副作用を起こさせるといった、それほどの違いもあるのだ。

これまでの人工的な合成では「右」と「左」が半々にできてしまい、それでは製造効率上の問題があった。また前述したような、副作用を起こさせる側が誤って混入したため、大きな社会問題を引き起こした例もあったのだ。あのサリドマイド事件がそうである。

もう、お分かりかと思うが、野依の業績はまさに、この「右」か「左」か、一方の化合物だけを選択的に合成する手法を編み出したことにある。

〔「右手にコーラン、左手に剣」に思うこと〕

「右手にコーラン、左手に剣」という言葉がある。それは、右手では「平和や幸福への道」を示しているのに、他方の左手には「戦争に使う武器」を携えている、といった意味でも捉えられている。

これなども、人類が一丸となって「右手」だけを選択することができたなら、どんなに良いことだろう。その方法を確立した人には、それこそノーベル平和賞が与えられるに違いない。

人類の科学技術力から「副作用」の部分を排除させ、選択的に「薬効」の部分だけを取り出させた、その偉大な業績に対して・・・。

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